CREATOR INTERVIEW
テキスタイルデザイナー 氷室友里さん
こどもたちの冒険に寄り添う、小さな相棒
動物の親子がモチーフのイラストを取り入れた、土屋鞄オリジナルの交通安全グッズ「おやこリフレクター」。デザインを手がけたのは、遊び心あふれるテキスタイルを提案している、テキスタイルデザイナーの氷室友里さんです。創作の原点やおやこリフレクターの制作秘話を、氷室さんに伺いました。
─テキスタイルデザイナーとは、どのようなお仕事なのでしょうか。
「テキスタイル」は簡単に言うと布のことで、テキスタイルデザイナーとは布をデザインする仕事です。色や柄を考える仕事も多いですが、私の場合は織の設計段階からデザインすることも少なくありません
─設計段階からのデザインとは、どのようなことでしょうか。
私が制作しているのは「ジャカード織」と呼ばれる織り方のテキスタイルで、学生時代のフィンランド留学時に出会った技法です。何千本もある経糸を一本一本制御することができ、経糸と緯糸の交差の連続で柄を織り込んでいきます。織の設計から自分でデザインすることで、柄を“描く”というよりも“糸を使って組み立てていく”ようなイメージです。テキスタイルの柄と言うと平面的な印象があるかと思いますが、糸をどう交差させていくかという立体的な視点で柄を考えていることが、他にはないユニークなテキスタイルを生み出すことにつながっているのかなと思います。
スタジオにあるサンプルを織るためのジャカード織機。ここでデザインを検討し、福井の織工場でテキスタイルが生産されている。
─ハサミでカットしてアレンジできる「SNIP SNAP」をはじめ、氷室さんの作品はジャガード織で表現する色や柄のレイヤーが特徴的ですよね。デザインする際にはどのようなことを大切にしていますか。
単に美しい色や柄を表現するのではなく、見る人に驚きを与えられるかを大切にしています。
例えば、こちらの作品は芝刈りをモチーフにしているのですが、ハサミを入れることで出てくる糸のテクスチャーが芝のように見えるようになっています。ハサミを入れた瞬間に現れる見立てやストーリーを楽しんでもらえるように、さまざまな仕掛けを考えながらデザインしています。
─織って完成した布を「切る」という発想が面白いですね。
一見すると完成しているように見えるテキスタイルも、切ることで「驚き」や「楽しさ」といった新たな感動が生まれます。手に取る人に、そうした布との関わりの中で生まれるポジティブな体験を届けたいと思っているんです。
─土屋鞄の「おやこリフレクター」はテキスタイルらしさがプリントで表現されています。デザインする上で大切にしたことについて教えてください。
依頼を受けた当時、土屋鞄には丁寧なものづくりをしつつ、デザイナーとコラボした「アトリエ」シリーズのランドセルをつくるなど、新たなことにも果敢に挑んでいる印象がありました。
布ではないビニール素材、そして車のライトが当たると反射する交通安全グッズをデザインするのは、私にとってもこれまでに挑戦したことがない新たな試み。テキスタイルのような色や柄の重なりを印刷で表現しているのですが、透過の度合いで色味の濃淡も変わるため、理想のイメージにするまでに何パターンもつくり試行錯誤を重ねています。
また、親子で一緒に使うことも考え、こどもっぽくなりすぎないことも意識してデザインしました。そのために取り入れたのが、動物たちのシルエットを際立たせるための切り絵です。実際に紙を切って形をつくってみると、曲線による柔らかさもありつつ、直線で少しシュッとした印象も与えることができ、こどもにも大人にも受け入れてもらえるようなデザインになったのではないでしょうか。
─動物の種類も豊富ですね。
恐竜のようにしっかりと形があるものはデフォルメしても違和感なく見えるのですが、ペンギンの場合はシルエットが丸に近く大きな特徴がないため、意外にも難しかったですね。こどもたちがワクワクするようなものに仕上げたかったので、発色のよい色の組み合わせにこだわり、落書きのようなラインや折り紙を切って貼りつけたようなパターンなど、遊び心を取り入れるように意識しました。
─その名の通り、親子で使うことができることも特徴ですよね。
私自身、出産し子育てをするようになり、こどもと靴下の色が重なったときなど、小さなつながりをうれしく感じることが増えたんです。
おやこリフレクターは、親が親の柄を、こどもがこどもの柄を持つのもよいですが、その逆もよいなと思っていて。離れていても、常にお互いの存在を感じられたらすてきだなと思います。
─あらためて、おやこリフレクターに込めた思いについて聞かせてください。
わが子を見ていても思うのですが、こどもたちは目の前のことにいつも一生懸命で、興味の赴くままに動き回ります。そうやって一歩一歩成長していくものだと思うんですよね。
遊びに没頭し過ぎるあまり、ときには不注意になることもあると思います。小学校に通うようになれば、途中で道草をしたり、暗くなるまで遊んだりすることもあるでしょう。そんなこどもたちを迫る危険から守るのは大人の役割でもあります。車のライトを反射してくれるリフレクターは、こどもの存在を周りの大人に知らせてくれるお守りのような存在です。ランドセルやお気に入りの持ちものにつけていつも一緒に行動して、おやこリフレクターがこどもたちの相棒のようになってくれたらうれしいです。
氷室友里
ひむろ・ゆり
日本とフィンランドでテキスタイルを学び活動しているテキスタイルデザイナー。人と布との関わりを通して、日々に驚きや楽しさをもたらし、豊かにしていくことをテーマにテキスタイルブランドYURI HIMUROを立ち上げ、オリジナル作品の開発、空間演出、企業へのデザイン提供などを行う。代表作であるSNIP SNAPをはじめ、表と裏で柄がかくれんぼをしているような柄のHIDE AND SEEKや見る角度で柄が変化する motion-textile seriesなど、遊び心あふれるテキスタイルを生み出している。2021年より土屋鞄の「おやこリフレクター」のデザインを担当。