「心まで満足させる鞄」を追い求めて
1965年に土屋鞄製造所を立ち上げて、半世紀以上。
現在もなお工房に立ち、後進の指導にあたる創業者・土屋國男は、
厚生労働大臣から「現代の名工」に認定されました。
仕事での厳しい姿勢の一方、
若い職人・スタッフたちからは
「お父さん」と慕われる土屋國男に、
これまでの職人人生で大切にしてきたこと、
これからの土屋鞄に託していきたい
思いなどを聞きました。
土屋國男(土屋鞄製造所・創業者、職人)
1938年、岐阜県生まれ。1965年に独立後、鞄コンクールで「経済産業省局長賞」など数々の賞を獲得。2022年には厚生労働大臣から「現代の名工」、日本皮革産業連合会から「JAPAN LEATHER GOODS MEISTER(鞄部門)」に選ばれる。
「本物とは何か」を学ぶ日々
親方の言葉を胸に秘めて
私の職人人生の始まりは、学生鞄の会社に就職した15歳の時でした。岐阜から列車で、半日がかりで上京しまして。そこで革の扱いや素材の良し悪しを学び、ものづくりにおける美意識を磨きました。親方の口癖は「お客さまの心まで満足させるものをつくる」。典型的な昔気質の職人で、仕事ぶりは一切の妥協なし。そんな親方から職人としての心構えだけでなく、他人への敬意、気遣いなど、人としてのありようも教わりました。
そうして無我夢中で働き続けて10年後、独立を志願して別の工房で1年みっちりと修業しました。とても苦しく、長い日々でしたが、この経験が今でも私の大きな土台です。その後、27歳の時に独立を果たしました。自宅にある、11坪の工房からのスタートです。
原点に立ち戻り、他人から学ぶ
独立の4年後に親方の勧めで、「日本かばん協会」のコンクールにランドセルを出品しました。1週間死ぬ気でがんばったのですが、残念ながら落選。でも、他の職人たちの作品から受けた大きな感銘が、成長の刺激になりました。レベルの高い鞄は、仕上げの細部に至るまですべての部分に神経が行き渡っていて、醸し出す高級感が違っていたんです。
その反省をもとに、親方の教え「お客さまの心まで満足させるものをつくる」の原点に立ち戻りました。貪欲に品質と美しさを追求して挑んだ2回目は見事入選を果たし、その後も数々の賞を獲得できて。受賞で得た自信も大きかったですが、コンクールへの挑戦で、自分なりの「本物」を極められたのが何より財産になりました。
「心まで満足させる鞄」を
つくる
「品格」と「美しさ」の追求
6年間使ったランドセルを、思い出として小さく仕立て直す「ミニチュアランドセル」を始めたのは、工房の経営が軌道に乗ってきたころでした。全国から集まってきたランドセルを見ると、長く使うことでどこが傷み、素材がどう変わるかがよくわかるのです。この経験が「丈夫で使いやすく、長く愛用できる」ランドセルをつくるための目を大きく開かせてくれたと思います。
ランドセルには、お子さま一人ひとりの6年間が刻まれています。そこで、特徴的な傷など、お子さまのご愛用の様子がわかる部分をあえて残すようにしたら、とても喜んでいただけたんです。これが親方の言う「お客さまの心まで満足させる」だと、改めて思いましてね。技術以上に大切なことへの意識を高めていく、大きな気付きとなりました。
「かけがえのない一つ」のために
ランドセルの場合、「心まで満足」していただきたいのは、背負うお子さまご本人だけではありません。わが子の晴れ姿に目を細めるご両親とおじいさま・おばあさま。自分ごとのように喜ぶ、ごきょうだい……ランドセルは“家族の鞄”なんです。私たちがつくるランドセルはたくさんありますが、その一つひとつが、ご家族にとっては「かけがえのない一つ」。だからこそ、ご家族の笑顔を思いながら最高の「本物」を目指してきました。
お子さまが成長しても飽きが来ず、使うほど愛着がわく上質な素材とシンプルな形。大人の目からも「品がある」と感じられる、細部まで美しい仕上がり。他にはない「品格」と「美しさ」へのこだわりがあるからこそ、手にした時に感動がわき、使うほど愛着が深まっていくのだと考えています。その一方で、赤・黒以外の色や「ヌメ革」のランドセル、当時は斬新だったカラーステッチなど、新しい試みにも取り組んできました。前よりももっとよいものをお届けするために、新しさへの挑戦を忘れないことも大切だと思っています。
理想のものづくりは、
思いのその先へ
人に恵まれた恩を、育てることで返したい
中学を卒業後、身一つで上京した私がここまでやって来られたのは、修行時代の親方をはじめ、本当に多くの人に助けられてきたからです。だから、人を育てることでその恩を返していきたい。心の中にはずっと、そんな思いがありました。また、「60代は若手」と言われる職人の高齢化で、日本の優れた職人技が失われる危機感もありまして。
それで2001年ごろから、若い職人の育成にも積極的に取り組んできました。最初に来てくれた息子のような若手たちが今は工房の中心となり、若い子たちを教えてくれています。本当に頼もしいですし、思いが受け継がれていることをうれしく思うばかりです。
美の感性と、感動する心を大切に
若い人を育てる際に大切にしているのは、美に対する感性を磨き、感動する心を大切にしてほしいということです。鞄だけではなく、靴や服、芸術や建築、自然の造形など、とにかく「本物」「美しいもの」をたくさん見る。それが自然と仕事の理想を高め、向上心を育んでいきます。すると、全体の中でのディテールの大切さが理解できるようになり、0.5mmのステッチの違いが生む差に敏感になってくるんです。
感性が磨かれると創造性も高まります。そのために、私は技術を教えるときも一から十まで教えることはしません。あえて、自分で考える余白を残すようにしています。すぐに答えを与えてしまうと受け身になり、言われたことしかできない職人になってしまいますからね。理想と現状のギャップで悩むことが、新しいやり方や道具を生み出し、よりよい製品を創造できる職人を育てるのだと思います。
未来のこどもたちの「心まで満足させる」ために
昨年(2022年)、ありがたいことに「JAPAN LEATHER GOODS MEISTER」と「現代の名工」に選んでいただきました。自分の仕事が認められたことをうれしく思うとともに、これは長年ご愛顧いただいているお客さまと、自分を支えてくださった親方や先輩方、土屋鞄の仲間たちと取引先、そして何より妻をはじめとする家族みんなに授かったものだと思っています。人との出会いに恵まれて、私は本当に幸せな人間です。
時代の先を行って、常に「心まで満足させる」ものづくりを更新していくためには、環境問題など、視野を広げて感性と知見を豊かにし、時代の声に敏感になる必要があります。そのために、新しい感性を持つ後進を育てることはつくり手の使命だと考えています。今ランドセルをご愛用されているお子さまが親になって「自分のこどもにも土屋鞄を」と思ってくださった時、その期待を上回るランドセルを届けたいですからね。ご愛用いただいているご家族に感謝しながら、未来のご家族のことを思って鞄づくりを続けていく。齢80を超えてもそんな夢を見ながら仕事ができて、心からうれしく思います。