教育学の専門家・汐見稔幸先生に伺う
未来につながるランドセル選び
「こどもにとって、一生に一度のランドセル選び。親子で楽しく、納得できるものを選ぶにはどうしたらよいでしょうか」。そんなご相談をいただくことがあります。ランドセル選びの悩みや戸惑いについてのヒントになればと、お客さまからよくいただく質問について、教育学の専門家である汐見稔幸先生に伺いました。
汐見稔幸(しおみ としゆき)
一般社団法人家族・保育デザイン研究所 代表理事
東京大学名誉教授・白梅学園大学名誉学長・全国保育士養成協議会会長・日本保育学会理事(前会長)
専門は教育学、教育人間学、保育学、育児学。自身も 3 人のこどもの育児を経験。NHK E-テレ「すくすく子育て」などに出演中。
主な著書
『教えから学びへ』2021年(河出書房新社)、『人生を豊かにする学び方』2017年(筑摩書房)、『さあ、子どもたちの「未来」を話しませんか』2017年(小学館)、ほか多数。
ランドセル選びに興味を持ってもらうには、どうしたらよいでしょうか
ランドセルは6年間、毎日使うものですよね。6年間使う、って大人はイメージできるんですが、こどもは具体的にイメージをするのが難しいんです。ですから、いきなり「ランドセルを選ぼう」ということではなく、事前に親御さんから「6年間ずっと使うものだから、いろいろ見て気に入ったものを選ぼうね」など、できるだけ具体的に話して、自分ごととして捉えられるようにしてあげてほしいと思います。お母さんやお父さんが真剣に伝えれば、お子さんもしっかり受け止めますから。
あとは、最初に見に行って「これがいい」と言ったとしても、すぐに決めないほうがよいかもしれません。本人もいろいろな基準で選んでいるとは思うけれど、こどもたちは目立つものや、きらびやかなものに、まず目がいってしまうんですよ。ぱっとその時に思いついて「この色がいい」と言ったものの、冷静に考えてみたら「やっぱり、こっちもいいかな」とか、そうやって悩むんです。ですから何回か見に行ったりカタログを見たりして、本人がじっくり考える時間をつくってあげる慎重さがあるとよいと思います。
親や祖父母などの意見を圧力に感じさせず、こどもの本音を引き出すには
いろいろな人が「私はこっちがいいと思う」と言うと、こどもは混乱してしまいます。なので、おじいちゃんおばあちゃんは、本人や親御さんの判断を大事にしていくっていうのが関わり方の基本ですよね。僕も孫が9人いるから、毎回そうしているんですよ。ランドセル選びはこどもにとっても一大イベント。一生懸命考えながら選ぶっていう過程を、あたたかく見守ってあげてほしいです。
かといって、「周りはいっさい口出しはしない」と、かたくなになることもないんですよ。ご家族がいいなと思う色があれば、正直に話してあげてください。そして「一番大事なのはあなたの気持ちだから、よく考えてみてね」と、改めて伝えます。そうやって周りの意見も聞いた上で、自分で考えた結果「これがいい」って決めたら、最大限それを尊重してあげましょう。ものごとを決めるのに、こども自身の意見をしっかり聞いていく、というのは貴重な機会でもありますから。これから成長するにつれて、こどもたちが身に付けていきたい「自分で考えること」の出発だと考えてもよいのではないでしょうか。
「今、好きな色」で選んだ場合に、高学年になって好みが変わらないか心配です
先ほどの話であったように、あらかじめ「6年間使うものだよ」と伝えた上で本人が決めたのであれば、自分なりの考えがあると思うんです。だから途中で「もう使わない」とは言わないんじゃないかな。もちろん、色の好みが変わってくることはあるし、それは成長でもありますからね。たとえ好みが変わっても、傷がついたとしても、「使い込んだ自分だけのランドセル」という思いは強く持っているはずです。いつもそばにあって、世話になっているという感覚。相棒というかね、ランドセルっていうのはやはり、こどもたちにとっても特別な鞄なんじゃないかと思います。
性別に配慮した色を選んだほうがよいでしょうか
最近は性別を問わずさまざまな色が選べるようになって、男の子が赤やピンクを、女の子が黒や青を選ぶこともありますよね。選択によっては、親御さんが戸惑うこともあるかもしれません。僕が思うのは、その子ならではのセンスがあるってことかなと。「この子には、こんなすてきなセンスがあるんだ」って受け止めて、もし親御さんに心配があったら「少し目立つかもしれないけれど、いいのかな」とか、気持ちを伝えてあげたらよいと思います。その場で思いついて言っているだけなのか、絶対その色じゃないと嫌だと思っているのか、ちょっと確かめてみるんです。それも含めて本人が考えて決めたのなら、そのセンスを親子で一緒に楽しむっていう気持ちでね。
しっかり考えるという経験を通して、こどもの気持ちに変化はありますか
いろいろな意見を聞いたり、自分でも悩んだり。やっぱりそうやって選んだものは、大事にしますよね。僕は、いいものを大事に使うことは、人として、とても大切なことだと考えているんです。一つのものをつくるのに、どれだけ丹精込めてつくってくれたのか。昔はね、日常で使うお茶碗でも、一つずつろくろを回してつくっていたわけ。これは〇〇さんがつくってくれたのよ、って。そうすると、割ってしまったら申し訳ない気持ちになるし、捨てる時だって感謝の気持ちが自然と湧いてくる。そうやって、ものの後ろに人が見えるってことは、すごく大切なことだと思います。その人の努力とか、配慮とか。それがわかると、ものを粗末にしないというだけじゃなくて、つくり手の気持ちを粗末にしない、ということにつながっていくんですね。こどもたちには、「これは誰がつくってくれたのかな」「この材料を手に入れるのに、どんな苦労をしたのかな」というのを想像できるようになってほしいんです。
つくり手である職人さんと触れさせてあげるっていうのは、教育でも大事なテーマです。だから、職人さんの仕事を見られる機会があれば、ぜひこどもたちに見せてあげてほしい。真剣な眼差しや、集中している様子に触れたら、ランドセルをもっと大事にしますから。結果だけを見るのではなく、プロセスを見る、知るってことが、こどもたちの心の豊かさや創造力につながっていくのではないでしょうか。
「いろいろなことに挑戦したり、悩んだりしながら自分の人生の物語をつくっていく」ということが、「生きるってこと」だと僕は考えているんですよね。誰かが敷いたレールの上を走っていくより、自分で選んでつくりあげていく実感があると、豊かな人生になっていきます。そのためには、「自分はこう思ってる」って意見を言葉にできて、人がどう思っているかも、ちゃんと聞き取れる。一致していたらそれでいいし、違っていたら上手に議論できる。そうやって身に付く力が将来役に立つと思っています。まずは、ランドセル選びを通して、親子ですてきな経験ができるとよいですね。